【連載最終話】これでいいのだ | 牧歌組合~45歳からの海外ミュージシャン生活:世界ツアーに向けて~

【連載最終話】これでいいのだ

明日(4月3日)、ブエノスアイレスに向かう。最近、眠れない夜が続く。
「マサタカ、アルゼンチン行きで、緊張してるでしょ?」とエステルがメッセージをくれた。
うん。まじでそう。正直、ものすごく緊張している。25年の憧れの土地への旅の前だ。なんだかソワソワしてて、何も手につかない。アタマがとても喧しい。アタマのなかで蛇がのたうち回るような感覚(『Zガンダム』フォウ)ではなくて、約100ミリ秒間隔で、アタマのなかで色んなシャボン玉が発生しては、プチプチと潰れていくみたい。集中力と生産性、超下降ぎみ。やばい。日本語で文章を書くと、ちょっと落ち着く。

ベルリンに戻ってきたら桜を見ながら花見をしようと、エステルと約束した。だから、ベルリンに戻ってくる。”エステル・シュヴァルツロック”は僕が戻れる大事な場所だから。
タンゴ・コントラバスの師匠、エルナン夫妻がブエノスアイレスでの住居を用意してくれた。おそらく練習場所にもWLANにも困らない。エルナン経由で現地でのレッスン・スケジュールを調整中。新しい技術を身につける学習と練習と試行錯誤ほど、マサタカにとって楽しいことはない。
ブエノスアイレスでは、タトーが用意してくれる別のコントラバスを弾く。その間、ベルリンで使っている楽器をメンテナンスに出そうと考えていたら、ユーディット(彼女はバイオリンマイスターでもあり、バイオリンを自作する!)から紹介されたコントラバス・マイスターのアラインが先週末、無料でコントラバスの駒周辺を最適化してくれた。その後、コントラバス練習(自主トレ)が、非常に気持ちいい。
ルフトハンザ航空のストライキにより、ガブリエルは、到着が約2日遅れるかも、と心配している。日本から仕事をくれている仲間は、変則勤務を許してくれた。感謝。サディスチック巫女バンド(仮)の仲間、カツが荷物を預かってくれた。感謝。
なんだか、Zガンダムで、地球と宇宙を往き来する登場人物たちのような、緊張の生活。

これが、連載第1クールの主要登場人物たちと、マサタカの日常生活の一コマ。
ヒトによって日常生活は様々。生活に定型なんてない。上下も無い。サザエさん、天才バカボン、ドラえもんで描かれる日常生活。エヴァンゲリオン最終話で碇シンジが夢見たような”平和な”日常生活。N人のヒト=登場人物の日常生活風景は、N種類ある。幸せな日常生活かもしれないし、不幸せかもしれない。まったりしているかもしれないし、波瀾万丈かもしれない。東大卒の生活も、中卒の生活も、ミュージシャンの生活も、公務員の生活もN個の生活のひとつに過ぎない。そして、それらは、N人のヒトの”戻れる場所”という意味において、何の優劣も無い。そこに優劣があると考えるのが、戦争の発想であり、ナチスの発想だ。このことを身にしみて理解するまで、マサタカには非常に長い時間が必要だった。そのN個の日常生活のひとつ、マサタカの日常生活において、ベルリン生活の第一章が完結する。


古畑任三郎が言うように、旅は本当にいいものだ。
旅の前の物語と言えば、ベルリンに旅立つまえの2012年11月末、大阪梅田の地下(サンチカ)の飲屋街。その一年前(2011年10月)からのマサタカの生活で起こったこと、離婚したこと、元家族と離れて一人暮らししていること、大企業は離れヴェンチャー会社で転々としながら働いていること、ベルリンに行こうと考えていること。マサタカは、全てを母や父、弟に隠していた。大学中退や売れないミュージシャン生活などなど、過去これでもかと心配させすぎてきたのに、これ以上の心配をかけてはならない、と考えたためだ。でも、さすがに移住前には家族には打ち明けなければならないと思い、これまでの経緯をほぼ知っている中学校からの友人、岡本に同席してもらって、まず弟に打ち明けた。その飲み会の前、岡本は「おいおい、えらい大変な役割を俺に押し付けるな~」と苦笑い。


マサタカの告白に対して、「うわ~~!!!」「おいおい、転職だけじゃなくてまだあんのか?」「え、ええーっ???」「子供とも会われへんのか。。」ただただ驚く弟。ビンチ。そのとき岡本は、弟に対して、このようなことを、言ってくれた。
「もう知り合ってから30年以上、こいつと付き合ってきた。こいつは本当にむちゃくちゃで最低最悪な人間かもしれないが、俺はこいつほど『勉強ができる』人間を見たことが無い(もしかしたら『勉強が大好きな奴』か『アタマがいい』だったかもしれない。記憶はゆらぐ)。長年みていると、色々な転身を繰り返してきたが、どんな状況にあっても、こいつは新しい環境のなかで、持ち前の勉強能力で新しいモノを学習して吸収し、それで自分を変化させて、確実に結果として何かを創り出して生き続けてきている。これだけは事実だ。一緒に働いたことはないが、たぶん仕事もものすごくできるのだろう。ムラは激しいし、いつもコロコロ姿を変えるから、信用できないかもしれないが、こいつなら、外国に行ってもなんとかやっていけると俺は思う」。

嬉しかった。とても感動的だった。その友の援護射撃が決め手となった。その飲み会のあと、弟は「がんばれ」とメールをくれた(過去のFacebook参照)。

その次の週、神戸の実家に行き、弟同席のもと、母にすべてを打ち明けた。今度は弟が、岡本と同じような、絶妙な援護射撃をする番だった。マサタカの生活を認め、母を説得してくれた。とても感動的だった。今でも涙がでる。この岡本と弟(ミツトシ)の深い理解と許容のおかげで、マサタカは旅立ち、また何か新しい環境に飛び込んでいくことができたのである。

自己を変化させて、既存の関係を超えていく、世界の破壊者(仮面ライダーディケイド)。
マサタカには、エヴァンゲリオンの第11使徒イロウル (IREUL)みたいな才能があるのは、たぶん事実だ。「自らの弱点となるものに遭遇しても、環境に適応するために異常な速度で自己進化、全体としての生存を図る特性を持つ」(Wikipediaより引用)。
だが、長所と短所は裏返しとよく言う。本当にそうだ。進化しすぎたイロウルは自殺を選択した。「学習能力が高く、自分を進化させる能力に優れた」マサタカは、反面「考えが急速に変わる」「Aと言ってたが急にBに変わっている」「音楽評論家と言っていたのに急に音楽家になった」「言ったことに責任感が無い」身元不明な信用できない人間でもある。だから当然、出会いの機会も多ければ、別れの機会も非常に多い。

元妻はマサタカに言った。「あんたは、本当に、”わらしべ長者”みたいな奴だ。でもとても飽きっぽく、ケンカ狂だから長者にはなれない」。
東大時代の友人山口は言った。「こいつはいつも、それまで持っていたモノをすべて捨ててゼロにして、次へ行こうとする」。
ヤフーの上長H氏はマサタカに言った。「君には突破口としての攻めしかない。守りが全くない。運用には向かないタイプだよね」。
すべて的確にマサタカの長所と短所を描いている。


そして。この物語の第一話、新たな転身の開始地点となった”彼女”からのメールにはこう書かれていたのであった。
「あなたが今の関係を超えていこうとするならば、友達ではない」。
変化を繰り返すマサタカは、他人の日常生活の境界線を破壊する怪人、危険な存在と、あるヒトの瞳に映ることもある。何度、そう受け取られて、ヒトと別れ、泣いただろうか。個性は両刃の剣。


だが、その”彼女”のメールからマサタカはミュージシャンとして再生し、45歳からのベルリン音楽生活が始まった。壊れるものがあったとしても、それは仕方ない。悲しいかな、たぶん、一点に停まる才能に決定的に欠けているのだ、こいつは。アナキスト的、全ての破壊者のように見えることもある彼は、宮沢賢治の言葉、「小さな椅子にこしかけて、ふんぞり返って生きている人間にだけは絶対になりたくない」(不正確な引用)の信望者だから。そのために新しいヒトとも出会うだろうし、そのせいで別れることも傷つくこともあるが、しかたないのだろう。

これがマサタカの生活。これでいいのだ。飛行機内で、ぐっすり眠れるといいな、せめて人間らしく。
(完)



世界の破壊者、マサタカの瞳は、ブエノスアイレスで何を見る??
『Ζ45歳からの音楽生活:ブエノスアイレス編』につづく!!!


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