【連載11】言葉の壁とアンサンブル、専門用語とデザインパターン | 牧歌組合~45歳からの海外ミュージシャン生活:世界ツアーに向けて~

【連載11】言葉の壁とアンサンブル、専門用語とデザインパターン

最初の授業では、他の人が話すドイツ語を1ミリも聴き取れなかったので、眼の前が真っ暗になった。

ベルリンでの生活を始めた僕は、昨年(2013年)1月、例外に漏れずドイツ語学校に通い始めた。B2クラスからのスタート。7つある(たぶん)クラスのうち、上から3番目。概ねドイツの大学に入学できるレベルの語学力がある人々が集う上位クラス。持ち前の情熱で、渡独前に日本で手に入るドイツ語の参考書、ドリルはほぼ(90%)勉強ずみだった。入学のときのレベル検査は筆記式で、文法に関する知識チェックだけなので、比較的高い得点が取れたため、上位クラスでのスタートとなったわけ。

だが、実際にドイツ語を使って会話をした経験はゼロに近い。他のクラスメートは、フランス、ポルトガル、イタリア、ロシア等などからのヨーロッパ人ばかりで、みんな3年くらいはドイツ語を勉強してきていて、文法など気にせず、自分の言いたいことをスラスラと喋る。最初の授業で、これらの会話を1ミリも聴き取れない。「マサタカ、どう思う?」と訊かれて、全く見当はずれな回答をして、みんな一瞬「?????」って顔をしてから、大笑い。しかし教師クリストフは言ってくれた。
「君は、クラスの重要人物だ。マサタカが喋るとみんな笑う」。
彼との交流が始まる。おいおい書くと思うが、彼は、ドイツにおける僕の最大の恩師で友人。昨年の「マサタカ保育園」崩壊後、彼は僕の壊れそうな心を誰よりも支えてくれた。

どうやらいつも、意識しているにせよ、無意識にせよ僕はリアクションが滑稽らしい。別にこれは、多少ドイツ語でコミュニケーションがとれるようになった今でも、同じ。エステル・シュヴァルツロックのチェロ奏者、フランチスカが言う。
「お客さんがマサタカを見ているとき、みんな笑顔になっている。あなたには、コメディアンとしての才能があるわ!」
いやいや、本人は一生懸命、上手いなあ~と思ってもらえるように演奏しているんですけど。。。ただのリアクション芸人? この滑稽なキャラクターは多分、母からの遺伝なのだろう。まあ、損することもあるかもしれないが、トクになっていることも多いと思うので、母に感謝。

語学でのコミュニケーションと、音楽におけるアンサンブルは似ている。
他人が出している音、言葉を聴き、理解しつつ、その場で求められている最適な反応としての音、言葉を返却し、そのN対Nのキャッチボールで、楽しい時間と空間を編み上げていく、という点で。

そして、コミュニケーションが上手くいかないケースも、会話とアンサンブルは同じ。
演奏者が出す音と、その音楽が必要としている音、バンドメンバーが求めている音がマッチしたら、幸せ。いつもそうなら、幸せなのであるが、そうでないときも多い。タンゴバンド、「ラ・ベルリンガ」に参加した昨年末、ガブリエルとタトーから
「¡ここのリズムは、シンコパで!」
「¡最後の決めの手前でストラパータを!」
「¡ここは力強く、ストラパータとカホ!」
「¡ここはマルカートじゃない!」
などの指示が飛んだが、当初は「¿¿¿¿¿?????」って顔しか出来なかった。また、眼の前が真っ暗になった。

シンコパは、前にも書いたが、1小節内で、弓弾きと指弾きを瞬時で弾き分ける技術。
ストラパータは、弓を弦の上でぴょんぴょんとバウンスさせた音を出した直後、瞬時に左手でミュート&指板を打つ音を入れる技術。
カホは、左手でコントラバスの胴の裏を叩いて、バスドラのような音を出す技術。
マルカートは、タンゴ特有の手首のスナップを回転させた切れ味鋭い下げ弓。

タンゴのコントラバス奏法特有の、一見ニッチな技術であるが、バンドにおける音楽の生産性(お互いに素早くイメージを伝えて、”いい音楽”という成果物を造り上げて行く)において、それらは重要な言葉=ボキャブラリー=専門用語=合い言葉となる。そういう意味で、これらのニッチな技術は、オブジェクト指向開発おけるデザインパターンや、ERモデルの設計パターンに近いのかもしれない。
「ここはファクトリーで!」「このデータ管理は親子構造で!!」みたいな合い言葉のキャッチボールで、リズミカルに開発が進む。長過ぎる説明、過剰な言葉はヒトを退屈にさせるから。いや、システム開発現場にとどまらず、一店舗の店の運営、会社の経営、家庭における営み、ひいては全てのコミュニケーションは、いかに、お互いにストレスをあまり与えず、スピーディーにイメージを伝え合い、楽しみながらノリのある創造活動が行えるかにかかっていると思う。

そのために、求められている要件を即座に理解する。そして瞬時に、「そうそう、それ!」と仲間が要求しているモノを返却する。
外国語会話なら、質問に対する最適な返答内容と、それを伝えられるだけの発音力。
開発現場なら、最適な設計、そしてそれを結果として出せるだけの実装力、技術力。
アンサンブルなら、最適なリズムと音程と、フィーリング、そしてそれを伝えられるだけの技術力。
そのためには、一定の技術、それを体得するための訓練と努力が必須となる。


ドイツ語の恩師、クリストフは言った。「”聴く”と”話す”は一緒。マサタカは今、ドイツ語にあって日本語にない発音技術の違いをマスターしていないから、たびたび聴き取れてないし、話しても聞き手に伝えられていない。これを克服しよう!」。特に、「b」と「w」の発音の違い。「r」と「l」の発音の違い。「f」と「h」の発音の違い、「ä」と「a」、「ü」と「u」などなど沢山。そして、クリストフは、「騙されたと思って、以下の文章を毎日、最低30回ほど、練習しよう」と言った。一例は、

Ich habe ein Bad ohne Badewanne.
(僕のバスルームには浴槽は無い)

「b」と「w」の発音の違いを、瞬時で表現するための訓練だ。かつ、元ロッカーの彼の作る作文には、温泉大好き、浴槽大好きな外国に住む日本人(=僕)の寂しい心情を代弁し、それをパンクの歌詞のような領域にまで止揚するセンスがある。練習していても、特に悲壮感がない。低ストレス。だから、クリストフは、僕の好きな先生♬。

この訓練を2ヶ月くらいしつこく繰り返した後くらいから、ドイツ語でのコミュニケーションがましになったと思う。例えば、手塚治虫の名作漫画、「きりひと讃歌」。日本語版だと、”日本語が上手に喋れていない中国人”が描かれるとき、彼らの吹き出しには、「ソレ、〇〇アルネ」と書かれている。ドイツ語に翻訳された「きりひと讃歌」でこの箇所は、母国語が日本語に変わりドイツ語、そこから見た”外国人が喋るへたくそなドイツ語”になるのであるが、「r」であるべき箇所が全て、「l」、「w」であるべき箇所が全て「b」に変えられて、翻訳されている。この翻訳家はセンスがいいと思った。ベルリンに1年以上暮らしているのに、ドイツ語での会話がスムーズにできないという日本人、外国人は多い。そしてそういう人たちの発音には、得てしてこれらの点に難がある。そしてその問題を克服するための訓練も行っていないから、なかなか伝わらないだけなのだ。地道な訓練は本当に大事。

タンゴコントラバス奏法の訓練。幸運なことに、今年(2014年)1月、デビューとほぼ同時に、そのとき来独していたアルゼンチン国立オーケストラのコントラバス奏者で、タンゴの音楽活動経験も長い、エルナン・マイサ氏と出会え、レッスンを受け、訓練したおかげで、今は「¿¿¿¿¿?????」って顔しか出来なかったころよりは進歩していると思う。彼は、無償でそれらの技術を教えてくれた。2月末、彼がアルゼンチンに帰国する朝、会いに行った。
マサタカ「¡こんな機会は本当に無かったと思います! ¡本当に感謝しています! ¡本当にありがとうございました!」
エルナン「¡とにかく、マサは、なんだか面白いから!」
日本語を喋れる彼の、絶妙の返答である。僕の好きな先生。


アンサンブルとコミュニケーション。
エステル・シュヴァルツロックのリーダー、エステルの基本はクラッシック音楽。教会のオルガン弾き、バッハのカンタータを歌うことなどで生計を成り立たせ、自分自身の音楽活動も行っている。旧東ドイツ、ドレスデン出身の彼女は、どちらかというと(いい意味で(笑))非常に気が強いタイプ。情熱的。リハーサル中も、音楽が彼女のイメージどおりにならないとき、結構キツい口調で指示がメンバーに飛ぶ。昨年末(2013年12月)、バンドに参加したばかりのとき、これが多少辛くなり、リハ中に疲れた表情を僕は見せたのだろう。彼女は僕のその表情をしげしげと見て、

エステル「。。。私とのリハーサルって、きつい?」
この質問自体が非常にダイレクトで、彼女らしい(笑)。約5000ミリ秒考えてから、
マサタカ「いや、楽しくない訳じゃなくて、僕は、所詮一年くらいしかドイツで生活していないので、しばしば言葉がわからない。早口でいきなり指示されても理解できない。アタマが真っ白になる。音楽用語は専門用語だし。だから、ちょっと辛くなる」

その次のリハーサルのとき、エステルは一枚の手書きのノートを僕にくれた。そのノートには、ドイツ語の音楽用語と、(日本で一般的に使われる)ラテン語の音楽用語の対応表がびっしり記されていた。

こんなキャッチボールの現場から、コミュニケーションが進む。音楽等が創られていく。

(つづく)